計画と無計画の間 三島邦弘 河出書房社 2011

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この本を読んで成功のための何かを得ることはできない。理由は明快。ぼくもミシマ社も、まったく成功者ではないからだ。
●リーディングワークショップの本を読んでも仕事が楽になったり、子どもが急に落ち着いたりすることはない。それはまったく自分も手探りしながら子どもの断片を探し続けているし、今日も子どもたちは元気でうるさい。けれど、リーディングワークショップを通して、自分が探し求めている学ぶことを楽しめる子どもへと近づいていることは確かだ。
27
「なんのため」かよくわからない仕事を来る日も来る日もこなすうちに、感覚が麻痺。
●学校はもっと深刻かもしれない。自分が子どものうちから受けた学習観を疑う余地もないまま来る日も来る日もそれを検証することもなく続けていく。「なんのため」か自分で説明できないものを、それはなぜだか分からないがやるものとして、(えらい先生だったらきっと説明してくれるだろうと信じて)それを継承する。そうやって、先生は先生になる前から感覚を麻痺させて現場に入る。
40
身をさらして発言したことが受け入れられないときはもう身を引くしかない。なぜなら、身をさらして生きている人であれば、どんな組織にいようが、必ず、言葉をもっていきているものだから。言葉をもって生きているということは、その人自身、少なからず身をさらして生きてきた結果といえよう。そういう人は、身をさらして若者が発したことを無下にすることはない。
●諸先輩然り
61
強さは幻想でしかなく、弱さだけが本物だ
●弱さとそれと拮抗する強さを表現できるようにしよう。
98
革命的政治権力は相対的に安全でなければならないが、戦争の外側にあってはならず、外国あるいは遠隔地から運動を操縦しようとしてはならず、人民の中で戦わなければならない。(エルネスト・チェ・ゲバラ)
●学校もまた然り
105
「私は、この仕事を三十年やっておりますが、一度としてお客様にご迷惑をおかけしたことはありません」
●かっこよすぎる。言えない
111
「ここにミシマ社の本があるのは、この書店に、間違いなく、人がいるからだ。面倒な作業もいとわず、一冊を理解したうえでここにおこうと決意した書店員という一人の人間がそこにいる。その一人の存在が、ミシマ社と読者の方をつないでくれているのだ」
●その熱量を維持したまま文章を継続して子どもに提供できるか。できればやるべき。できないのであれば考えるべき。
126
「わたしが子どもの頃ね、よく読者はがきを書いて出したんだけれど、一度も出版社から返事をもらわなかったの」
「返してくれる出版社があったらいいのになぁとずっと思っていた。」
●言語活動サポートブックを作ったときに、中学校の先生が教えてくれた実践だ!これはやってみたい。Eメールでもいいのか?いや、生の手紙の質感は大切か。
196
どうして、こんなに「こうしたほうがいい」「こうなるほうがいい」「こうなるほうがいいに決まってる」が実行されないのだろう?
「こうしたほうがいい」を信じようとしない。
「こうしたほうがいい」にむかって動こうとしない。
●きっとどこもそうだろう。夢や理想にゃ手が届かないが不満並べたってきりがないし
198
理屈に従えば熱は薄れ、感覚に従えば理屈を離れる。なぜにかくも人の世は窮屈か。
●理路整然としていることが是とするのは、簡単なようだが安易すぎる。人の心を動かすものとは一見として不確実なものであり歪な形をしているものであるが、時としてそれは内側に相当の熱を帯びていることがある。理屈ばかりが価値であることからの脱却をはかる。
199
ブンダン主義。
ありとあらゆることを切り離して考えようとする悪癖であり、その内輪の論理(組織内論理)を絶対として、外部との連携を積極的に行わず、内部完結してしまうことに一点の疑問も抱かない、悪しき習性ををさす。
●良質な外の空気を取り入れるためにはどうしたらよいか。悪質な外の空気もある。良質か悪質かは窓を開けてみなければ分からないところが怖い。

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