山崎先生とあいました

山崎正明さんにお会いしました
北海道の中学校美術の先生です
光村の教科書づくりにも参加されている著名な先生です
http://yumemasa.exblog.jp/

山崎先生は
「美術と生徒だったら生徒をとる」と言いました
あたり前のことですが
自分はその当たり前をできずにいるなあ
楽しくおしゃべりしている裏側で
自分の昨日の授業を思い返していました

作品を通して子どもと共感し
対話することに図工の価値があると考えました
自分を考えると作品の出来不出来
体面や世間体に感覚を奪われていて
その作品を創りだした子どもにこだわっているという気持ちではなかったように思います
自分なら「作品と子どもなら」作品をとっているわけで…

まだどうして隣の廊下の壁と比較してしまう自分がいます
指導が行き届いていないではないか
指導が足りないのではないか

表現とは
子どもが世界を見つけていくことだと分かりました
白紙に点を打って
なにもないところに何かを生み出せることを見つけ
(まさにピーター・レイノルズだなあ)
自分の思いのままに空白に弧を描けることを見つけ
(うちのあおいちゃんはいまこのスクリブルの段階
今日もテーブルに思いのままにマーカーを走らせていました(泣))
丸を囲って世界を切り取れることを見つける
丸と線で世界を想像できることを見つけ
地平線を描いて、世界にルールを創りだした
そうやって子どもたちは世界を見つけていく

教師が子どもたちの目を無理やり見開かせ
大人がもう知っている世界に顔を押し付けることはできる
けれどそれは子どもが世界を見つける喜びを奪い
これからももっと世界を見つけていきたいという伸びる心はしならせる
いかんなあ
もっと子どもが世界を発見してく過程を傍らにして喜び合えばいいのに
どうしても作品ばかりに目が行ってしまうなあ

図工の教科というのは
作品を通じて子どもと共感しあうことの意義を見つけたので
すぐにとはいかなくても
作り出すことが大好きで
生涯にわたって作品を見たり作ったりすることが楽しいと思えるような
子どもを育てていきたいなあと思いを改めています

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