今月のマガジンに寄稿

 みなさんもこのような経験はないですか。自分の知っていること友達にはうまく話せるのですが、いざ書いてみようと思うと鉛筆が止まってしまうこと。口頭で伝えることはできるのに、鉛筆を動かすとなると、上手に伝えることができない。
 話して伝えることは文字に残りません。いい加減に話していても「何となく伝わっている」という感じがあります。聞く人も「何となく分かった」と感じてくれるからです。聞く人が「何となく分かった」と言っているので、自分の話していることは「何となく伝わった」ということになってしまいます。話すと質問もすぐにできるので、聞く人も分からないことを補うことができます。
けれど、書く場合はどうでしょう。書くと文字に残るので、自分で読み返すことができます。すると、自分の言っていることがおかしいということに気付きやすくなります。読む人も、すぐに質問できません。すると、「何となく分かった」ということができなくなります。ですから、書くというのは、自分も(書く人も)相手も(読む人も)ごまかし(・・・・)がきかないのです。自分の頭でよく分かっていない、整理されていないことは書けないということになります。
このように書くと、書くことはやっぱり嫌いということになるかもしれません。けれど、それを逆手にとらえてください。
書けるようになってきたということは、頭の中が整理されてきたということになります。ですから、最初書けなかったものが書けるようになったということは、頭の中がぐちゃぐちゃだったものが整理整頓されたということなのです。
学校生活を思い描いて読んでいる人も多くいると思いますが、そればかりではありません。わたしも何をしたらよいか分からない時や、いろいろな悩みがあるときに、手帳に書いて考えるということをします。それをすると、考えていることを目で確認できるようになるので、頭の中が整理整頓されていくのです。大切な話はメモを取りながら聞くようにしています。もっと知りたい事や分からないことが、目で確認できるようになります。こちらも、頭の中が整理されます。
わたしの妻は、昔、日記をつけていたそうです。自分の悩みや迷いを、どんどん手帳に書いていったそうです。すると、なぜだか自然と心がすっきりしてきて、なんとか頑張ってみようと思えると言っていました。やはり、書くと頭の中が整理されるようです。そして、気持ちまで前向きにしてくれる効果があります。
「整理されていないことは書けない」と「書くと整理される」。一見矛盾しています。けれど、書くことで少しずつ整理されていって、最後には書けるようになると考えると、筋が通ります。「書くことは考えることだ」という言葉があります。その通りだなあと思います。書きながら考えて、考えながら書く。書くことと考えることは、コインの裏表なのです。
書くことを「一度で文章を完成させる」と考えている人がたくさんいるように思います。それをめざすと、書くことが嫌いになってしまうと思います。それはわたしたち凡人には不可能だからです。書きながら考えて、考えながら書くということをした場合、書くことに完成などありません。書いていると、新しい疑問が浮かんだり、自分が分かっていない部分を見つけたりします。そして、それをまた書き直そうとします。すると、今度は書いていることとちがうことを書きたくなることもあるでしょう。書きながら考えて、考えながら書くと、文章に終りがありません。言い換えれば、文章の終わりは自分で決めるということになります。
そのように考えると、書くことで最も大切なことは、書き直すことにあることだと分かります。書きながら考えて、考えながら書くを繰り返すことは、つまりは書き直すということだからです。原稿用紙にたくさんの赤修正で書き加えられているのをよく見ます。それは、たくさん書きながら考えて、考えながら書いたので、たくさんの書き直しが生まれたのでしょう。
もしかしたら、書き直しをたくさんするのは、書くことがうまくできない人がやることと思っている人がいるかもしれません。それはまったくの誤解です。書き直しをたくさんする人ほど、書きながら考えて、考えながら書くを繰り返している人で、考えることが上手な人だと思います。
図工の下書きで、最初から太くて濃い線を引こうとする人がいます。うまく描けないと消しゴムで消して、もう一度力をこめて描く。それは、一度で線を決めようとしているので、自分は絵が描けないと誤解してしまうことがあります。一度で線を決めることができる人は、本当に絵をたくさん描いてきて熟達した人のみです。わたしの場合は、薄くて細い線をたくさん描きます。描きたいものの大きさを示す線、輪郭を見つけるための線、たくさん線を書いて、少しずつ形ができていきます。一回の線で輪郭を決め、絵を完成させようと思っていません。
書くこともそれに似ています。少しずつ書き足していけばいいのです。最初の文章はぐちゃぐちゃでもいいのです。ぐちゃぐちゃでもいいから、とにかく書いてみよう。とりあえず、一通りできたらまた考えよう。しっかりした文章を最初から書こうなんて思わないでください。気楽な気分で書いてみればいいと思います。そう、書くことを、気楽なことだと考えることが、書くことが上手になる秘訣かもしれません。
ちがう話になりますが、うちのあおいちゃんが生まれてすぐ、わたしは文章を書きました。この言葉にならない感情を言葉に直してみようと思ったからです。「嬉しい、やさしい、つらい、ふがいない、ありがたい、安堵」このような気持ちが、ミックスジュースのようになって一度に滝のように降ってきた一日でした。こんなよく分からない気持ちになれる日は、一生で一度だろうと思い、一人で家に帰ってすぐ、今の気持ちを書きました。そして、書き終わった後は、よく分からないけれど、晴れ晴れとした気持ちになり、近所の原っぱに行って、あおい空を1時間ほど見上げていたという思い出があります。文章を書いて、整理されたのはもちろんですが、新しい自分を発見したなあという気持ちになりました。今でもよく覚えています。
その文章を読み返してみる勇気は今はありませんが、あの時に書いておいてよかったなあと思います。おそらく一生の宝ものになると思います。(先生の宝物ファイルにはまちがいなくその文章が残ります。)
そのような宝物のような文章を子どものころから書いてためていって、今、読み返したらおもしろいだろうなあと、今さらながら少し後悔します。だからこそ、みなさんには、書くことを楽しんでもらいたいし、気軽に書くということをしてもらいたいと思っています。
国語の学習だと、どうしても肩に力が入ってしまいます。それも大切ですが、書くことは本来、もっと生活の中に溶け込んでいるもの。息をするのと同じくらいに、気軽に考えて、気軽に書く、そして気軽に書き直す。それを、自分の生活の中に溶け込ませることができれば、もっと楽しく生きられると思います。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。