本田先生と再会

わたしが大学時代に本当にお世話になった本田恵子先生にお会いできました

おそらく
自分の大きな転換点の一つが
本田先生との出会いだったので
今回のアンガーマネージメントの講習会を楽しみにしていました
講演会の後
次の予定があるにもかかわらず
小1時間ほど一緒にお茶させてもらいました
懐かしい話や今考えていることなども少し話せて嬉しかったです
とにかく自分の健康を顧みない方なので
そろそろ仕事の方はブレーキをかけて
体のほうをいたわって貰いたいと思います
以下
講義メモからの雑記
アンガーマネージメントのアンガーとは「怒り」ではなく
「感情に名前がついておらず整理できていない状態」ということでした
「9歳の壁」によって躓いてしまった子どもが
暴れたらみんながビビってくれた
暴力が体にプラスのフィードバックとして染みこんでいってしまう
家庭環境もあり
社会不安もあり
いじめられる子もいじめる子もいろいろな側面においてどちらも被害者と
そして
もっともケアが行き届いていないのが
「観衆」と「傍観者」
いじめられる子もいじめる子もケアの目が当てられるが
「観衆」と「傍観者」にこそグループワークトレーニングが必要と
やはり
目につきやすい子どもだけを指導してもあまり効果はない
人間関係にアクシデントがあったときに
その時に「観衆」になるのか「傍観者」になるのか
それとも問題解決のために行動を起こすのか
日常としてロールプレイなどを交えてトレーニングしていかないといけない
この日常というところがポイントだと思う
日常というのは月に一回というレベルでないということだ
最低週に1回、基本的には毎日人間関係を振り返る機会があることが望ましいだろう
すでに満杯のおもちゃ箱の中の
何を捨てて何を残すのか
日常レベルで何を継続的に行なっていくのかが
大切だろう
いつもこの結論になってしまう
これは井上一郎先生の話を聞きに行った時も感じたことだが
自分の感情に名前を付けるという学習を日常化していくことが大切だと思う
行動を変えるためには感情を変える
感情を変えるためには認知を変える
感情を認知できないと新し行動の学習をすることなどできない
感情を表すイラスト集や感情を表す語彙集を日々のジャーナルの中に組み込むことが出来れば
小さな積み重ねを教室の中でシステム化することができるというアイデアをひらめいた
授業の中でも感じることだが
子どもたちはもっと感情を表す言葉を学習の中で多用してほしいと思う時がある
知識や情報ばかりが子どもたちの頭上で空中戦を行う
そんな授業はおもしろくないし
おそらく定着しない
知識は感情とセットにしないと自分のものにならないだろう
そうならば
もっと感情を動かしながら学習を進めるべきで
感情を表す語彙をもっていないと
知識は知っているレベルに留まり
自分の血肉になるということはないだろう
感情といっても
激しい喜怒哀楽を指す言葉ばかりでなく
もっと自然でニュートラルに近い感情も大切にしなければならない
のんびり
ほっこり
そわそわ
にんまり
じんわり
がっかり
感情のベクトルもレベルも自在に表現できるようになると
自己表現も楽しくなるだろう
教室に信頼ベースの環境(自分の感情を表現しても受け入れてもらえる)を
整えるだけでなく
感情に言葉を当てはめる機会も提供して行かなければならない
感情を乱している子どもに投げかけてはいけないNG言葉集にはドキッとした
☓「なんでそういうことするの?」→○「何があったの?」
☓「こうすればいいじゃん」
☓「また?」
振り返ると自分の中でこのような言葉が自動化されているんだと思う
「後出しじゃんけんで負けてみて」と言われ
最初は調子よくやるものの
早くなってくるとどうしても勝とうとしてしまう
それとどうしも子どもにNG言葉をかけてしまうことは似ている
youメッセージからIメッセージを使っていかないといけない
「(あなたは)そんな言葉使ってもいいと思っているのか」→「(わたしは)今の言葉がすごく傷ついた」
自分の言葉をもっとI(アイ)メッセージに変えていくためには
知識を得るだけでは何の意味もなく
それが自動化されるまで自分の行動を意識化して行動して行かないといけないんだろう
それはイバラの道だがそれしかないならやるしかない
これに興味あり
http://japangems.org/

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