学校って何だろう―教育の社会学入門 (ちくま文庫) [文庫]

p44
教室の向きが決まった空間の中で行われる、人と人との関係は、このように〈見るー見られる〉という形になっています。そして、その関係の特徴は、コントロールする側とされる側の関係ということにあるのです。
●ため息。でも、自分もそうだから。教室だけでなく、朝会とか行事とか、いろいろな場面で同じ空気。では自分はどうする?
p65
試験の時間に慣れ過ぎると、人の能力は短時間で発揮されるものだという見方をするようになるかもしれません。短時間にどれだけ正解を出せるか。それが人の能力だと見てしまうのです。
●期限がきまっているレポートは、テストよりも長いスパンで考えられる。計画力。自己調整力。大切なことを見極める力。そんな力が必要になるのが期限付き課題。子どものインタビューでは2週間がベストと言っていた。それよりも短いと、いい加減になる。それよりもながいと、ダレる。
p69
いちいち先生が生徒ひとりひとりの家に出かけて行って、どれだけ勉強しているのかを見なくても、試験の結果がそれぞれの生徒の勉強ぶりを示してくれます。
●ハイパー・メリトクラシー?学力の査定が家庭環境に依存しているから、不平等?
p83
校則を守ることは、学校や先生の言うことを聞いている生徒であることを示しています。反対に、校則違反は、学校や先生への犯行を意味します。校則の中身がなんであれ、守るか守らないかが、学校に対する態度を判断する基準になるのです。
●・・・
p86
他の人の迷惑になるかどうかではなく、学校や先生に対する態度を示すサインとして、校則を守っているかどうか自体が見られている。「正しい行動」であるかどうかよりも、「正しい態度」を見るための一つのものさしが校則なのです。
●小学校にもあるね。体操座りとかその典型。あと、朝会の後の行進とか。どうなんだろう。
p107
ナショナリズム・カリキュラム
●学校マクドナルド方式と捉えてもいいのかな
p118
学校で勉強した知識が、将来何らかの力を発揮するかどうかは、他のさまざまな知識や経験とどのように結びつくかにかかっている、ということにもきづくようになるでしょう。
p127
大人の社会では、例え自分の気に入らないことでも、仕事である以上、我慢したり、耐え忍んだりする場面が少なくありません。「こんなことをして、一体どんな意味があるのだろう」と思うことだって、場合によっては、じっとこらえて、しのぐことがあるのです。
●でも、それを全員が全員従順にやっていたら、何が変わるのだろう。これから先も、ずっとそうやって耐え忍び続けるのだろうか。
p133
クラスの中で、誰が勉強ができるのか。その人と比べると自分はどのくらいなのか。例え試験の点数が出なくても、通信簿を見せあわなくても、普段の授業の中で自分と他の生徒を比べるということが自然に行われます。…他の人との比較ということが、クラスのような集団で勉強している場合には起こってくるのです。
●人と力を合わせると、楽しいということも起こる。どちらの面を際だたせるか、ただそれだけ。
p135
年齢によって、人との付き合い方をどのように変えていくのか。学年という年齢集団を基本にした学校生活を通じて、発達という感覚や、年齢による人との付き合い方の違いというとを学んでいくのです
●自分の場合はどうだろう。10歳ぐらい年上の人や、立場的に上の人には丁寧に話すようにしていると思う。
p136
このような学習を通じて、わたしたちは、日本という国がひとつながりのまとまった単位として、ずっと昔からあったと思うようになるでしょう。ところが、明治維新以前には、大抵の人は、自分が日本人であるよりも、長州人とか、薩摩人であるというように、それぞれの藩の人間であるという意識が強かったのです。
●地域への帰属意識は、教育の個性化と相反するのでしょか。それは対立する概念で、共存の関係にはないのでしょうか。自分は「そんなことはない」という考え。確立した個を持って社会参加する市民というイメージです。
p141
実際に、いろいろな国から人々が集まってできたアメリカやカナダのような国では、それぞれの人種や民族の特徴を学校でもっと勉強させようという主張があるくらいなのです。
●見てみたい。そういう風景を。
p162
昔風のしつけではダメだという批判が出る一方で、学校以外には、子どもの生活に関わりを持つ場所がどんどん少なくなっていったからです。昔風の子育てがダメとなれば、親は誰を頼みにするか。しかも、父親はモーレツ社員で家にいない。学校がいろいろな役目を引き受けてくれることが、親にとっても社会にとっても都合の良い時代だったのです。
●え?今もじゃん。教育について、流れる着く末はいつも学校。
p166
つまり、日本人の130人に一人は学校の先生ということになります。しかも、130人のうちのいちばん優れた人が学校の教師になるというわけではないのです。
p205
アメリカでは、学校での成績に関係なく、多くの子どもが色々なことに強い自信を持っています。将来の成功についても、成績などあまり関係なく、夢を思い描いているような傾向さえあるのです。
p216
1950年代からずっと、親の職業や学歴によって、子どもの中学時代の成績には大きな違いがあるということでした。
●「生まれ」と成績は関係がないという理想の上に立つ現実。
p219
個人の努力が強調される日本の社会では、どんな家庭に生まれたかではなく、自分がどれだけがんばったのかが、成功のもとだと考えられています。それだけ、自分の成功を自分だけのものだと考えやすいのです。
●そうだなあ。
p221
親を選べないように、どの時代の、どの国の子どもに生まれるかも選べません。この選べない「偶然」にどれだけの責任を感じるか。26兆円ものお金が使われる学校という世界で、何を学び、何を身につけたら良いのか。

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