成長とは、自分が見ている世界の捉え方が変わるということ

 前回、青ちゃんの言っていたMr.ChildrenのReflectionのライブは僕も行きました。
 Mr.Childrenは、ガンバルでもナガスでもない、ムシでもシュウチャクでもない、なにか、新しい価値や中庸を示そうとしているように思います。今まで表現できない何かを表現しようとしているのかな。とてもいいです。

 スマートサイジングという本を、青ちゃんに薦められて読み終わりました。これも、新しい価値観の提唱の本です。新しいかどうかは分かりませんが、あまり文章化されてこなかった考え方を、今に世の中に合わせてしっかり書いていった本というイメージをもっています。
 筆者は、タイニーハウスという驚くほど小さい家で暮らそうとを努力することを通して、モノや人が与える幸せ、所有するとはどういうことか、何が自分を幸福にするのか、ということについて、考えていきます。お金のこと、仕事のこと、家や家族のこと、全てを自分や家族が幸せを感じられるサイズにしていこうとしています。

 この本で考えたことは、モノについてももちろんながら、人が成長するということの本質は、何かができるようになるとか、夢が実現するとか、そういうことではない、ということです。
 そうではなくて、人が成長するということは、価値観というか、人生観というか、自分が見ている世界の捉え方が変わるということなんだ、と思います。

 昔は僕も、見えるものの世界を頑なに信じて、すがりついている時代もありました。なんとなく、単純に言えば、お金をたくさん稼いでいる人は偉い、名声をたくさん得ている人は偉い、みたいな感覚です。自分の奥さんが正規採用でないことに、すごくこだわっていたこともありますし、完璧な人生設計みたいなことにもこだわっていた頃がありました。何か、遠くを見ようとして、先を見通そうとして、目を凝らすがあまり、今の自分の幸せや大切なことを受け止めようとしていない感覚です。今の自分がどういう構成要素で作られているのかを考えようとしない。

 今、僕の近くには、今までとは違った価値観にぶつかり、動揺し、もがきまわっている人がいます。その人を見ていると、価値観を変容させること、成長するということは、苦しいこと、今の自分では居られないこと、今の自分で居たいこと、そういう気持ちがないまぜになっています。成長のチャンスとか簡単に言うと、とっても格好がいいことのように思えますが、成長とは、そんなにクールで無機質なものではなく、血生臭くて、もがき苦しんで、叫びたくなるようなものなのかもしれません。
 でもそれでも、人は成長を止めない。もっと自分を変えていきたいと思う。成長した後、自分が苦しんで脱皮した皮を見て、少し自分を振り返り、少し自分がわかるのだと思います。

 なんか、すごく断片的に書いてしまいました。
 この本のように、価値観を文章化するということに挑戦していきたいと思います。

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