旧態然とする研究授業スタイルを、永田台小学校ESDというフィルターを通して、永田台はどうやって先生たちが探求を深めていっているのか。その先生たちのもつ空気はどんな感じなのか。

先日、永田台小学校の公開授業に行ってきました。

関心事を次の3つ。

1,旧態然とする研究授業スタイルを、永田台小学校ESDというフィルターを通して、永田台はどうやって先生たちが探求を深めていっているのか。その先生たちのもつ空気はどんな感じなのか。
2,自分の実践以外のブッククラブというのは、実際に見たことがなかったので、他の人のつくるブックラブを見てみたい。
3,講師として横浜に初襲来する岩瀬直樹先生が永田台の授業を見て何を発信するか?
 

1,旧態然とする研究授業スタイルを、永田台小学校ESDというフィルターを通して、永田台はどうやって先生たちが探求を深めていっているのか。その先生たちのもつ空気はどんな感じなのか。

 以前、永田台小学校の研究発表を授業後のワークショップ&講演会だけ参加した時、下のような感想をまとめました。
「なぜ教育が普及すればするほど、地球環境は悪化するのでしょうか」
「もしそうだとしたら、そんな教育に意味があるのでしょうか」
 
この言葉がとても心に染みました
 
 持続可能な社会を作っていくためには、子どもよりも先に、大人や社会の高い市民性が求められるし、自分自身も自分の身の回りも、まだ成熟していないと感じました。自分たち教師こそ、もっと成熟していきたいです。
 持続可能な社会を作っていこうとすれば、経済的な発展は緩やかな下り坂になるでしょう。生活が今よりも少し不便と感じると思います。手間がたくさんかかったり、お金を少し多く出さなければならないこともたくさんあるでしょう。それでも、「地球のため」「子ども達のため」「未来のため」と、意識を高くもって、笑顔で相手に譲れる高い社会性や市民性を持ちたいと思います。まずは大人が。まずは自分が。
 どういう気持ちをもつ子どもが持続可能な社会をクリエイティブに生み出していけるのかを考えたいです。今の教育が地球環境を悪化させてしまっているのならば、それはどうしてなのか、今の教育にどんな問題点があるのか、どんな人になれば持続可能な社会を編み出していけるのかを考えていきたいです。今考えなければならないことだと思っていることを、一度見つめてみる勇気、いったん手放してみる勇気、新しい物を挑戦してみる勇気が欲しいです。
 教室の中に限定して考えれば、何を止めるか、何を軽くするか、何を工夫するか考えて、時間や労力の余白を作り、そこに、今までの教育では忙しくて見向きもされなかった対話や関係性から自分をみつめる活動を取り入れていければと思います。
 何かを止めることは勇気が要ります。誰かが、それを必要としているかもしれないからです。少しは効果があるかもしれないからです。だから、学校の仲間と一緒に、「これは止めよう」「これをやってみよう」と大胆にアイデアを出し合えたら、とても幸せだと思います。持続可能な社会を創造していける子どもを育てるってとてもたのしいことでしょう。自分もやってみたいです。一人でも、仲間を広げてやれなければ、持続可能な社会はできませんね。できる範囲でがんばろうと思います。

永田台のCARE

 「みんなの学校」の上映会の帰り道、永田台小学校の先生方と電車の中でご一緒する機会がありました。お話を伺う中で、授業について、子どもたちの学ぶ様子と照らし合わせながら、どうやって授業を子どもたちに合うものにしていこうか、悩む余裕を持っていました。「まだ子どもの対話のスキルや内容の理解が深まっていない気がするから、こうした方がいいのかな。それとも、子どもの力をここは信じてみようか。」みたいな話でした。
 とっても気持ちが良い話になりました。授業を深めていこうという視点が、まず第一に指導案をどうしようかという話題ではない。自分もそうですが、「まだ指導案終わっていないんだよね」とか、「指導案はそこそこにして、授業の方に時間をかけないとね」という話をしてしまうのですが、永田台小学校の場合は、指導案はA4裏表(裏は年間構想なので、本時の授業に関しては、A41枚分)に納なければなりません。A4の1枚分で納め、その他のエネルギーは、「CARE」のエネルギーに使っていこうとしています。
 永田台小学校は学校全体として「CARE」を大切にしています。まず、子どもをCAREの視点で見て、関わっていく。同僚の先生たちをCAREしていく。子どもや先生が学校全体をCAREする。CAREの定義も難しいですが、とてもあたたかく、優しく、それでいて真剣で甘えていない感じです。先日の教室や研究会で感じたのは、やっぱり、「CARE」でした。
 温かく関わる、自分も相手も幸せになる、探求できる環境を整える、人(教師や子ども)の力を信じる、つながる。「CARE」は、持続可能性を支える土台になっていると思います。

congerdesign / Pixabay

自分のエネルギーは有限である。だから、

 おそらく、自分のエネルギーや学校の資源は有限であることを自覚していて、それだから、子どもたちの未来をつくる学校が、どこにエネルギーや資源を還元していったらよいかを、わきまえているのだと思います。ESDが捉える地球への考え方は、同じ枠組みで、コミュニティへの捉え方、学校の捉え方、自分への捉え方になるのだと思います。
 資源を無計画に掘り起こし、資本を膨らませ、物質的な発展を永続的に続けようとする今の「地球」を続けることは、間違った未来を作ってしまうことは、沢山の人が気づいていることだと思います。その「地球」という部分を、「コミュニティ」「学校」「自分」と置き換えて考えてみると、いろいろな気付きがあるのではないでしょうか。

良い授業とは、良い学習とは、

 永田台小学校の研究の始まりは、「良い授業とは」「良い学習とは」というテーマで先生たちで対話を深めていきます。教育委員会や文部科学省がよしとしている授業が「良い授業」というように、目標を他者に委ねるのではなく、自分たちで考えていく。むりやりに学校で一つの目標にするのではなく、先生たち一人ひとりが「良い授業」とかんがえるキーワードを共有し、お互いに研磨しあっています。
 そして、研究テーマも先生たち一人ひとりがもっています。一人ひとりの判断が尊重されているのと同時に、一人ひとりが責任をもって研究テーマを持ちます。自分の考える「良い授業」に向かって、実践を磨いていくのです。
 この考え方は、教師一人ひとりの力を信じ合い、対話の力を信頼し、対話から生まれる学校全体のエネルギーを信じていないとできないことです。「あの若い先生は、放っておいてもサボるだけだから、やっぱり指導しないと。」「分かっていない人同士が話し合ったって、前に進めないから、よくわかっている人が進めていかないと」という考え方が中心では、永田台では持続可能な研究はできません。先生たち一人ひとりが信頼されるという土台から、研究がスタートしています。「CARE」の精神が根底にあるのです。
 そしてもちろん、その関係は、先生と子ども、子どもたち同士へと発展していきます。先生同士の「CARE」は子どもたち同士の「CARE」へと広がっていきます。学校というハートポンプから、先生たちへ、子どもたちへと「CARE」が行き渡っていくのです。

4144132 / Pixabay

未来の学校づくり

 うまく言葉に出来たかわかりません。けれど、持続可能な未来をつくる学校は、こういうコンセプトを根底にもって、力強く存在感を放つことは間違いありません。永田台は未来の学校を、今つくろうとしています。
2,自分の実践以外のブッククラブというのは、実際に見たことがなかったので、他の人のつくるブックラブを見てみたい。
3,講師として横浜に初襲来する岩瀬直樹先生が永田台の授業を見て何を発信するか?
これらは次回。

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