リーディングワークショップ、読書ノートをスタート。

 読書ノートをスタートしました。ゆっくりと、メモ程度から。

 sliiicのワークショップで教えてもらった見本を見せたり、以前のクラスのノートを見せたりしながら、読んだら書こうね程度。でもこの書くってすごく大切なこと。「読む」から他の活動に広がっていく第一歩。

 読書家のサイクルにいく上でも、書く習慣をつけて欲しいとスタート。

 こうやって紹介すると、いきなりすごいレベルで書いてくる子がいるもんです。今日はみんなに紹介。書くことが広まっていくかなぁ。

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不安だから問題を未然に潰す

 どうしても未然に教師が問題を潰してしまう学校の文化というものがあると感じました。

常葉大学の木村光男先生のお話を受けて。
 それは、生活科の栽培に使う植木鉢の大きさまで指定したり、支柱を用意させたり。小人会社なんてでたら、それは無理じゃないかなと違うものに変更させようとしたり。
 子どもたちに、ここは委ねるというものが、あまりに少なすぎることに気が付きました。
 もちろん、全てを任せばいいというわけではないです。主要教科は教師が引っ張るところがあっていい。けれど、生活科など子どもの自発的な学びを育てるような環境でも、どうしても、教師はおせっかいを焼きたがってしまいます。
 不安なんでしょう。
 「子どもがかわいそう」とか、「保護者がなにか言ってくる」とか、「生活科の指導が」というのも、すべて、不安からくるもの。子どもに本当に信じて任せるということは、自分の不安と戦うということに等しいことです。
 自分でコントロールできるということは、安心であるということ。また、何かのマニュアルのようなものにすがれるのも安心できる。子どもに任せるとは言うものの、隣のクラスは植木鉢に野菜がゴロゴロなっているというのに、自分のクラスだけは植木鉢の大きさはまちまち、支柱がないのもたくさんあるし、荒廃している。それは、本当に教師として不安になることはよくわかります。
 その不安を感じつつも、それが子どもたちにとって学習に必要な問題と認識できて、問題をポジティブに捉えることのできる度量と鈍感力が必要なのだと思います。
 問題解決学習を本当に望むのならば、問題を未然に潰さない。「問題がある所に学習がある」という自信が欲しいところです。不安に打ち勝つ自信。それがプロの教師なのかもしれません。

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