インプロ×リフレクションワークショップを中抜け

 今日は、あるある会のインプロ×リフレクションワークショップで、上條晴夫先生と鈴木聡之先生をお呼びして、勉強をしました。が、うちの子がおたふくかぜになってしまい、急いでインプロ×リフレクションワークショップから、抜け出しました。やっぱり、いつもはうるさいうちの子が、ぐったいしていると、こちらも気持ちが整いません。家族が元気なことが、自分の基となっていることを、こういうときに再認識します。

 中抜けしたのに、思ったことを。
 授業というのは、意図的計画的に行われるものという側面と、インプロのように偶発性や感情を大切にする側面と、両方あるように思います。アクティブラーニングという言葉が出てきているように、インプロのような考え方で授業を捉える視点は、少しずつ膨らみつつあると思うけれど、やっぱり従来の考え方通り、授業というのは、予定的であり、意図的計画的であり、ねらいどおりに「遂行」されるものでなければならない、という考え方は、根強くあるように思います。
 そうなると、ねらいの妥当性は置いておいて、全員ねらいが達成できれば良い授業で、ねらいが達成できなければ良くない授業という測定方法で、授業検討が行われてしまいます。上條先生のご指摘の通り、事後研が炎上したり、集中砲火で参加者から元気が奪われてしまうこともしばしば。授業検討(もうこの言葉に元気パワーが沸かない人も多いよね。きっと。)が、先生たちを元気にする会になることを本当に望んでいます。ではどうすればよいか。今回のワークショップの中に手がかりが合ったように思います。
 なぜそのシーンが良いと思ったのか、心のシャッターで撮った瞬間をもとに、自分の価値観を定義したり、その価値観をもっと発揮できる方法を模索したりしていく。ネガティブや迷いからではなく、ポジティブに捉えた瞬間から、それを考え進めていく。
 ネガティブなところから切り取ったほうが、授業者が謙遜心溢れて、好感度アップでしょうが、やっぱりそれが中心だと、自分が大切にしている価値観をうまく捉えられないんだと思います。
 僕もよくやりがちなんだけれど、思考を整理しようとしないで、相手に伝わらない状態で終わらせてしまうというのも、ネガティブからはじえめてしまうと、やりがちなのかもしれません。
 ポジティブな意見(些細な成功)から深めていって、価値観を見つけると、自ずと自分の実践が価値観が指し示す方向へ動いていくというのはあると思います。


 昨日の飲み会で出た言葉「全力で余白を作る」や「計画と無計画の間」(本の名前)という、ある程度の予測不能な部分を作った授業をする価値観っていうのは、他の先生に伝わりづらい。(芸術関係の人には、すぐに浸透するんだけれど。なぜなんだろう。)そういう授業にも、価値をしっかり定義できる人が増えてくるといいと思います。(でも、おそらく、本当に不確実なだけだと、壊れてしまうし、難しいところです。) 
 参加者の方が、不確実性への耐性という言葉を使われていましたが、耐性というか、「おもしろいなあ」と思える「好奇心」なんだろうなあと思います。

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