宿題の権力

 

青ちゃんは、小松左京さんの「宇宙人の宿題」という青い鳥文庫の本が大好きで、何度も読み返しています。小松左京さんは、日本沈没とか書いているSF作家ですね。僕も星新一シリーズが好きだったので、よく分かります。そこで、もう1冊子供向けの本があったので買ってあげました。

 先日、青ちゃんが宿題のプリント1枚を学校に忘れました。
 いや、正確にはよく分かりません。自分にもよくあることですけれど、先生が宿題を配り忘れたのかもしれないし、放課後スクールに忘れたのかもしれないし、確実なことは分かりませんが、本人の証言からすると、多分教室にあるのだろうなあと予想できます。
 「明日の朝、学校でやればいいじゃない?なかったら、先生にごめんさいすればいいんじゃない?」と、至って普通の助言をしましたが、娘は宿題ごときでかなり焦っています。それを見て思い出しました。

 

 放課後に職員室で仕事をしていると、職員室の勝手口から声をかける子どもがいます。その半分ぐらいは、「宿題を取りにきました」というものです。中には、親御さんも一緒に同伴してくださっている場合もあります。
「宿題取りに来て一生懸命だね」と声をかける傍ら、「明日担任に申し出ればいいのに。遠くの家からやってきているんだろうから、大変だろうに。たかがプリント1枚で。」と思っていました。

 しかし、青ちゃん(図太いのが特性)があれほど焦る宿題のプリント1枚。子どもによっては、パニックになって、泣き出したり手に負えなくなったりする子もいるのではないでしょうか。学校という環境で、頑張っている自分を崩したくないだろうし、大勢の子が見ている前で、宿題を忘れたということを露呈されるかもしれない。そう考えると、片道20分ぐらいかかることもある遠い学区の子どもでも、肩を落としながらとぼとぼと宿題を取りにやってくる子がいてもおかしくありません。
 うちはと言うと、そういう現実を見てきているので、僕は絶対に取りには行かせず、まあ、担任の先生に謝るのもひとつの社会勉強だろう(いつもちゃんとやってるし…。)と言う判断で、とりあえず、放っておきました。そのうち、ケロリとしていたので、よかったですが。きっと、けろりとできない子もたくさんいると思います。

 しかし、それにしても、それほどに権力のある「宿題」とは何なのでしょうか。
 うちの子に関して言えば、10分で終わる程度のものですし、思考している感じはありません。音読も、うちの子にとっては、役に立っている感じでもありません。音読は、指導者がいて初めて効果があるように思いますし、音読で現れた「学習に関する情報」を活用してはじめて、音読は効果があった言えるのではとも思います。もちろん、宿題がジャストフィットの教材で役に立つという子もいるでしょうし、一人ひとりに合う宿題が出せれば、それはすばらしいものでしょうが、現実的に無理でしょう。
 宿題をやってこないと、反体制的ととられてしまうというのもあるのだと思います。自分自身も「宿題をやってきましょう!!」と言っていたので、難しい議論です。自己選択制にすればいいのになあ。そういうと、意欲格差とか、またいろいろな事を考えてしまいますが、青ちゃんの親としては、宿題は自己選択制が良いと思います。
 

 宿題に関するブログがいくつかあがっているので、うちの子の現状もお伝えしました。

http://wwletter.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html
http://askoma.info/2017/09/10/5515
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170828-00010441-jprime-life

僕は、教師の立場からも、親の立場からも、1日1枚のプリント宿題や、習慣づくりという名目で出しているだけの宿題は、ない方がいいという立場です。
 
 
 

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