『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』ブッククラブ

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まず、ブッククラブって何?

 テーマとなる本を読んで、それについて楽しく話をするだけです。英語圏の人達は、当たり前に行われているらしい。すくなくとも、日本よりは根付いていると思います。読書で人とつながって、1冊の本で100倍楽しんじゃおうという「学び」です。「遊び」とも言える。
 
 この「遊び」とも捉えられる読書の方法を、学校でも取り入れて、楽しみながら勉強しようじゃないかというのが、「読書家の時間」です。ブッククラブの学校での実践例も、たっぷり掲載されています。僕も執筆しています。
 映画の題材にもなっています。ジェイン・オースティンの読書会。
 この、ブッククラブという方法を、もっと世の中にもっと浸透させたいなあと思っています。それは、いわゆる「お勉強」という肩に力の入ったものではなくて、リラックスして、友達とつながる手段になって、新しい世界の窓になる。
 子どもたちにもブッククラブを紹介したいなら、大人もしっかり楽しみたい!!ということではじまった、「大人のブッククラブ」。
 オープンな会なので、参加してみたい方は、ご連絡ください。

『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』はどんな本?

 日本もアメリカも、いろいろな国の現場はほぼ同じで、ある対立があります。
スタンダードvs一人ひとりの子どものニーズ
 日本で言う学習指導要領や米国で言うCommon Core State Standardsや州ごとに作られているスタンダード。
 公教育は、それを大切にするがあまり、目の前の子どもたちの姿を無視して学習が行われている現状があるんではないか?と批判があるのは、日本もアメリカも一緒です。
 ちなみに、スタンダードを完全に取り払って、子どもに完全に自由を任せるスタンスの教育方法もあります。たとえば、サドベリースクール。日本にもその考え方で運営されている学校(正確には施設?)もあります。今回のブッククラブで、僕が話題の一つにあげたものです。

 学校の授業でも、一人ひとりのやりたいことに学習を合わせる方法だって、あるんじゃないの?

 アメリカのCommon Core State Standardsなんて、アメリカ全土のスタンダードなので、人種・宗教・経済環境・ジェンダーなど、いろいろな子どもがいる中で、一つのスタンダードで学習しようなんて無理!!という先生が多くいます。
 そこで、一つの授業の中に、いくつかの目標や学習の方法、成果物、評価などを組み込んで、子どもが学習しやすい場を自分で選べるように工夫し、子どもたちの自分で学ぼうとする気持ちを育てていこうというのが、この『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』の中で書かれている学習への考え方(マインドセット)です。
 サドベリーみたいに、完全に振り切っちゃうんじゃなくて、教師が子どもの学習の路線を大まかにデザインして、そのデザインの中でいろいろな学び方を用意するということです。だから、スタンダードも子どもの多様性もどちらもバランスよく大切にしているように思います。
 ちなみに、英語ではDiffarentiatedという言葉を使います。この本では、この言葉を一人ひとりを生かすというように翻訳しているのですね。直訳すると、「違いのある」とか「多様性のある」といった感じ。
 下の動画を見ると、英語でもなんとなく、言いたいことがよく分かります。

 僕がこの本から得た一つの考え方を、下のリンクで紹介しています。一言で言えば、「プロの先生は、自分でカリキュラム作らなくちゃ!」です。
 そんなの忙しくてむりだろうー!って思います。僕も。
 でも、そういうところに時間を使うのが『先生』というプロであって、伝統芸能の職人さんが、道具にこだわりを持っているのと同じです。
  

できる子とできない子がいてもいいの?

 探したら、この本について、以前、こんなやりとりをしていました。
 内輪向けに書いたものなので内容が一般的ではないです。

「一人ひとりを生かす学び方」を行うと必ず見えてくるのは、「できる子」と「できない子」ですね。
一斉指導の場合は、「できない子」を見なくていいので、スルーすることができますが、「一人ひとりを生かす学び方」での見取りは、「できない子」のできない姿が自ずとクローズアップされ、問題と直面しなければならなくなります。
「一人ひとりを生かす学び方」を行うと、子どもたち一人ひとりの学習の様子や違いが目に入るようになってきます。
先生たちは、「できる子」に目を向けると、「私の実践はすばらしい!」と思うし、「できない子」に目を向けると、「私の実践はできていない…」と思ってしまう。この振り返りはもっと深めていかないと、間違った道に行ってしまうと思います。
現実をシンプルに考えると、「できる子」には、もっとチャレンジングな課題や助言を投げかけるべきだし、「できない子」には、課題を構成的にしたり、スキルを教えたりする必要がある。
ともすると、教師は、「できない子」がいるから、この実践は止めて、全員にもっと優しい課題を与えようとか、全員に一斉に課題を与えたほうがいいとか、そういう従来の教え心地の良い教え方に戻ってしまう。できない子がいることは普通のことなのに、できない子が生じることがないような実践、教師にとっての安住の地に戻ってきてしまう。

 「一人ひとりを生かす学び方」では、中間地点の子どもの実態に合わせるのではなく、高いレベルにある子にとっての魅力的な学習を想定し、そこから一人ひとりが生きる内容・方法・成果物に幅を持たせていく、という感じで説明していましたね。全員ができるから「できない子」に合わせる、「できない子」がいないようにする、という発想とは、まったく逆になります。

教師のマインドセットが試される学習方法

 大きな目標に立ち返る必要がある。私たちはどんな子に成長してほしいのか。僕にとっては「自立的な学び手」。だから、全員に一斉に課題を与える方法には戻らない。そういう、強い意識が必要なんですね。

 「一人ひとりを生かす学びかた」というのは、イコールで「できる子も、できない子も、目をそらさずにしっかり見て、いろいろな手立てを使って、その子の成長のスピードでできるようにしていく方法」だから、「できない子」がいるからやめるというんでは、教師も子どもも前進できない。大きな目標を一緒に目指して、進んでいく学習方法なんだと思いました。

自分のカリキュラムに責任をもつ

すごいディスってますね。ごめんなさい。でも、僕の本懐としてはこんな感じです。

 カリキュラムを作る前に、自分たちの学校が(もしくは、本にある通り理科のように、1年間の教科を通して)何を子どもたちに身に着けさせたいのかを明確にしないといけないのかもしれないね。

 本で言うと、理科の4つの概念、変化、パターン、システム、相互作用。こういうことを、教師が明確に持っている。学校が明確に持っている。
それに基づいて、カリキュラムを建てないと、骨抜きカリキュラムになってしまう。

 おそらく、教科書会社はそういう骨をちゃんともって教科書を作っているのだと思うけれど、そこまで現場まで降りてきていないし、それ以前に、教科書会社は受け持つ子どもたちの顔を思い浮かべずに作っているから、現場に即した物になっていない。

 そもそも、楽をしたいとか、偉い人が作ったから絶対良いはずとか、カリキュラム自体に誰も責任(オーナーシップ)をもっていないから、だれも改善しようと思っていないし、教科書会社の誰か偉い人が決めたものと言う意識で授業している。それがよくないよね。

 責任感をもって学習を進めていくためには、学年なり、クラスなりで、カリキュラムを自分たちで作って行かなくちゃだめだね。自分の特性や子どもたちの実態に合った、自分のカリキュラムをもっている。例えれば、体操選手が、得意の技のシリーズをもっていて、日々それを研磨しているようなものだと思うよ。そういうものが、ない。

 僕にしても、読むことと、書くことを成長させると、懇談会で宣言することが多いけれど、もっと改善できると思うし、教科書からもっと脱却してもいいと思う。

「これが正しい」 VS 「正しいものは人によって違う」

 二項対立で考えるのはよくない!と言われますが、わかりやすいので。
 大人のブッククラブで話したことは、これでした。
 世の中をこういう見方で捉えると、なんか「これが正しい」 VS 「正しいものは人によって違う」がせめぎ合っているように見えます。
 国 vs コミュニティ
 円 vs 仮想通貨
 男女 vs LGBT
 企業 vs フリーランス
 学校 vs ホームスクーリング
「正しいものは人によって違う」が、ネットによって、どんどん多様性をましている中、以前からあった枠組みがそれをなんとか拡散させまいと必死に頑張っているように見えます。
 あと10年経ったら、学校に行かないことを選択する人がもっと多くなるだろうなあ。世の中に影響を与えられるような人たちが、学校の枠組みを批判していることも多いですし。
 そんな中で、学校は、先生は、子どもたちに何ができるのだろうというのが、僕の今の握りしめている問です。

学校は、先生は、子どもたちに何ができるのだろう?

 でも、やっぱり学校が好きという子どもはたくさんいます。
 友だちに会える!休み時間が大好き!図工や体育が好き!
 そんな子どもたちは、自由を愛して、自己実現を果たそうとしているのだと思います。自分に責任がある状況が好き。
 だから、僕は、子どもたちが選んだことを、しっかり応援してあげるのが学校だと思います。
 好きなことが選べない子には、しっかり寄り添って、情報提供して、じぶんできめられるようにしてあげる。足場掛けをしてあげる。
 ちょっと、脇道にそれたいときだってあるし、ヤサグレテイルときだってある。それにも、ちゃんと話を聞いてあげる。
 今の学校じゃできない!!というのもよくわかりますが、そういうことができるように、学校や制度を変えていかなくちゃいけません。子どもたちを変えるのではなくて、今いる子どもたちに大人や学校や制度を合わせていく。多様な子どもたちの自己実現を応援してあげるような学校なんじゃないかと思います。

という話をしたり、他の人の話を聞けたりするのがブッククラブです。

 参加したい人はご連絡お待ちしています。
 会場の建物が壊されて、数年後新しく生まれ変わるそうです。いつもこの会場を使っていて、さみしいですが、新しい会場も楽しみにしています。

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