教室も、インターネットも、テラリウムなんじゃないかな。

全員起立発言システム

昔、教育実習生の時に、今までにまったく見たことのない教室を見た。

6年生の教室。授業は私語は一切ない。空気が張り付いている。熟練のおばちゃん先生の授業は、授業開始から異様な空気に支配されていた。

僕は教育実習生。まだ、授業もろくすっぽ見ていない。一般的な授業も、素晴らしい授業も、何一つわからない。そんな中、この強面のおばちゃん先生の授業を何故か見ることになったのだ。

おばちゃん先生が発問すると、全員が黙って立ち上がるシステムになっている。6年生が譲り合いながら、先生の発問に対して一人一人発言をしていく。特に順番は決まっていた覚えはない。発言の用意ができた人から、発言をして、済んだら座る。それが、粛々と繰り返されていく。

30人以上が全員発言するので、時間がかかる。おばちゃん先生は2.3しか発問をしなかったように覚えている。おばちゃん先生が、怒気の上がった声で、弁舌を繰り広げた後、この発問タイムが突然やってくるのである。

発問タイムの最後の方に取り残される子もいる。だれかと同じ発言をしてもよいらしい。とにかく、何か言って座るというシステム。分からない子は、分からないではなく、誰かの発言をよく聞いていてい、その発言を同じように復唱する。それで、淡々と進んでいく。

shafman / Pixabay

支配的な空気を作り出すことができる教室という空間の怖さ

教室は閉ざされている。

開かれた教室とはよく言うが、基本的に教室は閉ざされている。人の移動もなく人間関係は固着的、空間的にも移動は最小限。家族か教室にしか居場所がない子どもたち。それで、開かれた教室を作ろうというのは、限界がある。基本、教室は閉じていると考えていたほうがいい。

ただし、その空間をコントロールする人物によって、その空間が循環されたり外界の空気が入ってきたりするか、または、異景な空気に支配され密閉空間に押し込められるか、変わってくる。コントロールする人物は大概教師であるが、時々、子どもという場合もある。良い意味で子どもが中心にいる教室もあれば、悪い方向に中心に子どもが居座っている場合もある。

だから、一般的に「社会」とか「世の中」と言われている空気と、似ている環境を作り出すのが、さらに理想的な空気を作り上げるのか、はたまた、異質で鈍重な空気を作り上げるのかは、空間の中心にいる人物次第なのである。

テラリウム。小さな瓶や水槽、電球の中に、一つの生態系を作ろうとする試みである。

教室は、大なり小なり、社会のテラリウムであり、それがすごく怖い。理想的なテラリウムができていれば、見ていて安心だが、ディストピアのテラリウムを世の中にはたくさんある。そのテラリウムの中を作り出しているのはたしかに子どもと先生だが、テラリウム自体を設計しているのは、先生・学校・お役所・社会だったりする。テラリウムの外側からも内側からも働きかけられるのが、唯一、先生という存在である。

Pexels / Pixabay

インターネット仮想現実という2つめの現実空間

話は横道にそれる。

インターネットが現実世界以上に現実世界になろうとしている。

Instagramに投稿するときだけ、カーラーを外し、外出するときもInstagramに投稿する直前までカーラーを外さないエピソードが、「お金2.0 新しい経済のルールと生き方」に登場した。現実世界よりも、Instagramの世界の方が、彼女にとっては現実なのである。現実の認識の仕方は人によってちがうが、現実世界とインターネットの世界は、ほぼ同じくらいの現実になってきた印象が、僕自身にもある。

『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』で学校や学習も考える

悪いことをすると、雷が落ちるという勝手な想像

僕は子どもの頃に、こんな想像をしたことがある。

悪いことをしているのに怒られない子がいたり、悪いことをしたらどんなに小さなことでも怒られる子がいたりする。また、何か間違ったことをしてしまったときも、怒られるときと、怒られない時がある。当たり前だけれど、子どもの頃、それってどうにかならないものかと考えた。

例えば、ポイ捨てをしたら、それを誰も見ていなくても、その人に雷が落ちる。そして、アニメのように真っ黒になる。そんなことができるのは、神様しかいない。でも、現実は、教室でいじめる子がいても、その子は真っ黒にはならなかった。

Boboshow / Pixabay

インターネット世界は、悪いことをすると勝手に雷が落ちる世界をつくれる

ところが、あれから30年以上経って、僕はこうやっておじさんになり、人間が設計した世界、インターネットの現実が幅を利かせるようになってきた。

これから、ネット社会はどんどん制度設計されていく。善い行いをすれば、インセンティブとしてトークンがもらえ、悪い行いをすれば、その人の所属しているネット経済圏から締め出される。一人ひとりの行動のデータは蓄積され、ビッグデータとして社会に役立てられる。つまり、悪いことをすると、勝手にその人に雷が落ちてくるような社会を現実に作れてしまうのだ。

インターネット世界は、全世界をテラリウムにしてしまったようなものだ。だからこそ、中央集権的でない、ディセントラライズドな仕組みが必要なのだろう。一部の人がインターネット社会をコントロールするということは、全世界の王様になるようなものだ。だったら、人ではなく、人工的な神様のほうがうまくいく。インターネット社会は、よくできたテラリウムのように、機能していくのだと思う。

SturmjaegerTobi / Pixabay

まとまりそうでまとまらなかった。まとまらないほうが、おもしろい文章かもしれない。

下手でも、何でも、趣味は書くことです。

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