山本東次郎先生の「狂言の時間」から、支援をしないという選択肢を考える

相手を尊重しているからこそ、余計な支援はしない

教室にも、引き算の考えを取り入れるべきです。支援を加えるということだけではなく、余計な支援はあえて加えないという考え方が必要な気がしています。

「狂言は引き算の芸術」という人間国宝・山本東次郎先生の言葉に、狂言を聞きに来てよかったと思いました。「今の時代は、なんでも足し算。刺激は増えれば増えるほど、それをどんどん求めてしまう。」

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子どものための狂言の時間を見てきました。今年は歴史を担当できているので、歴史をいろいろな視点で楽しもうと思い、歴史の匂いがする面白そうなところには積極的に行くようにしています。

そこでお話を聞けたのが、山本東次郎先生という方でした。

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今は「引き算の考え方」がなくなってしまった

狂言の台詞回しはとてもゆっくり話します。そして、能舞台も余計なものが一切なく、現代の舞台で言うセットのように、場面毎に背景が替わることはありません。

それは、「引き算の考え方」ということです。

つまり、余計な説明をしたり、余計な小道具をいれることによって、見ている人たちの想像する楽しさを壊すことになる。それは、観客を尊重していることにつながらない。余計な説明をしたり、言葉を加えたりすることは、逆に観客に対して失礼なことになってしまう。ということなのです。

おそらく、能や狂言が身分の高い人達の教養であった時代、観客を尊ぶということが、本当に大切にされてきたのだと思います。鑑賞者は鑑賞するものとして自立していて、能や狂言を主体的に楽しむことができる教養のある人間と捉えているようです。今の大衆的なメディアとは、捉え方がだいぶ違うように思います。

すべてセリフで説明してしまうテレビドラマ、細かなところまで忠実に再現するCG、視聴者は刺激を求めて、そして演じるものもその刺激を求める欲求に応えるようにして、創造作品にたくさんのものを添付していく。現代の創造作品は「足し算の芸術」なのかもしれません。

さて、私たちは、刺激を求めて、どこへ向かおうとしているのでしょうか。刺激を求めて、どこまで刺激を得たら満足するのでしょうか。消費して消費して、刺激を求めて求めて、いきつく先は一体どこなのでしょうか?

view of building exterior

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学校や教室にも当てはまる「引き算の考え方」

私たちの学校や教室も、足し算の考え方に満たされています。

あれもやったほうがいい、これもやったほうがいい。〇〇教育と名の付くものは、数えられないぐらいに膨らみ、子どもたちに暇を惜しんで、インストールしようとしています。さて、私たちはどのような学校や未来をイメージしているのでしょうか。

支援の解除という考え方が、特別支援教育の場で聞いたことがあります。自立を目的としている特別支援の場にあって、常に一定の支援を行っていくことを大切にされるのと同時に、支援を抜いていくというプロセスもそれと並行して大切にされています。いつまでも手厚い支援のままでいれば、その支援に慣れきってしまい、自立への道は遠ざかってしまうからです。

私たちの学校や教室は、支援で溢れかえっているように思います。系統的で指示通り動けば完成できる学習。失敗のない学習。指導案には支援をびっしりと書かれている方が良い指導案とさえ思われる節があります。

しかし、自立的な学習者を育てることが、学校の最大の目的であるとするならば、支援の解除は本当に大切です。支援を引き算で考えていくということです。

小学校で手厚い支援を受けて学習してきた子どもが、中学校で不適応を起こす。中・高で先生から手厚く指導されてきた子どもが、大学で何をやっていいか分からない。これでは、子どもたちの自立性を育てていくということにはなりません。

ancient architecture asia bench

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子どもたちを尊重するからこそ、支援をしないという選択肢

狂言には、鑑賞者の主体的な創造を尊重するという考え方があります。だからこそ、セリフをシンプルにし、セットを廃し、身振りもとても洗練されたものになっています。自らの解釈を挟まぬように、立ち方・歩き方・座り方など、格式を大切にするという考え方もあります。

子どもたちの創造を大切にするためには、教師の意図や解釈などは、できるだけシンプルにしなければなりません。「教師の劇を消費する」だけでは、子どもたちは消費社会から脱することができません。

学校教育にいる間に、子どもたちには、創造する楽しさ、創造する意味を感じてほしい。そのためには、必要な知識やスキルはもちろんですが、自立的な探究の心根を育てたり機会を作ったりする必要はあるのではないでしょうか。

ancient art asia buddha

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