「人それぞれ」で終わらせるなんて危険でしょ! 『「みんな違ってみんないい」のか?』

大人のための読書記録

「みんな違ってみんないい」のか? ――相対主義と普遍主義の問題 山口裕之さんです。ご専門はフランス近代哲学や科学哲学で、大学の先生です。

 

僕自身もよく考える「多様性」。多様性を認めるということは、苫野一徳先生も言うようにお互いの自由を相互に認めることになります。

勉強するのは何のため?
こんなものを書きました。最近、『勉強するのは何のため』(苫野一徳 日本評論社 2013年)という本を読みました。誤解を恐れずに一言で説明すれば、この本の作者は、<自由>になる力をつけるために学び、学校は<自由>をお互い認め合える力を育むため...

しかし、多様な個同士のコミュニケーションをどう取っていくのか、ここは「正しさは人それぞれある」とか、「一人一人が決めればいい」のような、楽な方に流れてしまうことがあると思います。僕自身も、この本を読むまでは、そこに無自覚だったかもしれません。

そんな自分を、叱咤激励してくれるような本でした。子どもたちの多様さを認めようとする先生には、その一方で気をつけなければならないことをしっかり教えてくれる1冊です。

「みんな違ってみんないい」では、どこが問題なのか。

それは、相手とのコミュニケーションを断絶してしまうからです。相手にわかってもらいたくて、たくさんの時間を使ったとしても、「まあ人それぞれだからね」と言われてしまっては、これまで重ねてきたことは、台無しになってしまいます。そのような経験が続くと、人と人とは、コミュニケーションを疎かにするかもしれません。相手は相手、自分は自分。

実はこの空気は、為政者の都合の良い態度となります。統制される側が、横のつながりを持とうとしなくなるので、統制する側は何をやっても大丈夫な状態となります。相手の多様性を過度に尊重するがあまり、個がバラバラになって、連帯を深めることができなくなるのです。

この多様性を求める風潮は、新自由主義の追い風を受けて広がっていきました。フランス現代思想では、「どうしたら多様な個々人が抑圧されないようにしながら多数の人たちが連帯できるのか」ということを大切にしてきました。性的少数者、人種、社会的に抑圧されている人々など、マイノリティの意見を大切にするという風土は、フランス現代思想が下支しているそうです。

しかし、連帯ではなく、自由の面が偏重されすぎると、新自由主義へと姿を変えてしまいます。平等を軽視して、個人の責任なのだから、格差が広がってしまっても仕方がないという思想です。つまり、「人それぞれ」論。「個人の尊重」というと聞きごごちのいい言葉になりますが、見方を変えれば、「個人間の断絶」でもあります。

横のつながりがない組織ほど、統制することが容易でしょう。為政者にとって、「みんな違ってみんないい」の新自由主義は都合の良い思想なのです。

だからこそ、多様な個を認めるから一歩進んで、多様な個がお互いにコミュニケーションしてお互いの正しさを擦り合わせていくことが大切になります。対話ですね。対話は時に対立です。「人それぞれ」と軽はずみに主張して、対立を回避していては、意思のないバラバラ集団になってしまいます。

自分の主張も、相手の主張も、根拠や理由をしっかり問うこと

「人それぞれ」論は、対話対立を避けることから、相手がなぜそのような主張をするのか根拠や理由を問わないことになります。そして、その傾向は自分自身のスタンスにも影響を及ぼし、相手に寄り添う態度を示さなかったり、SNS等で罵詈雑言を浴びせかけたり、する姿勢にも繋がります。

「人それぞれ」論は、相手に関心を示さないことから、相手を執拗に攻撃してしまうことにもつながるということです。

「人それぞれ」で相手と距離を空けるのではなく、聞き合って問いあって、根拠や理由を理解することが大切なように思います。わかりあう努力、擦り合わせようとする努力が、相手とのつながりを生みます。

対立をポジティブに考えることが大事なのかなと思いました。

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多様な職員室を目指すのならば

僕はよく、「多様な先生が自分らしさを発揮できる職員室がいい」というような言葉を使っていますが、それが捉えようによっては危険を孕んでいることがよく分かりました。心理的安全性の会でも気付いた通り、多様な先生が自分らしさを発揮しながら、率直に意見交換し、共通項としての正しさを広げていく行動を忘れてはいけないということです。

心理的安全性
下書きのまま残されていたので、勿体無いのでアップします。心理的安全性「大人のブッククラブ」のテーマ本は『心理的安全性のつくりかた』でした本当は僕は『恐れのない組織』を推したのですが、みんな忙しいということで今回はこれになりました。心理的安全...

あなたと僕が思う正しさはピッタリ同じではないけれど、あなたのいう正しさを理解し、僕のいう正しさも理解してもらい、率直なコミュニケーションを通して、あなたの僕の正しさの共通項を対話と対立を経て広げていく、ということが大切なのだなあと、考えを改めさせられました。

多様であればあるほどいい、という簡単なことではないですね。

相手の主張することの、理由や根拠を問うということは、本当は、相手を理解したいという思いの現れです。ネガティブに受け取られがちですが、本当はポジティブな関係を作っていく上でのプロセスです。そこを素通りして「みんな違ってみんないい」論では、分断を通り越して、この断絶です。

僕自身も注意していかなければなりません。この本に出会えてよかった。

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