「本」というと、「何が書かれているか」という本の「内容」についてや、「何を思って書いたのか」という「筆者」について論じられることが多いと思います。けれど、「本」それ自体について考えたことはあったでしょうか? 長年、私は本と関わる仕事をしておきながら、この視点はなかったように思います。
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井上ひさしの本の初版本。字が細かくて、余白が少なくて、圧迫感がある。確かに、現代の読者には読みにくい。
「本はどうやってここに来たのだろう」
本は、たくさんの人の仕事を経て、ここまで辿り着いているのです。そして、読者への敬意が結実した姿が、その本という形を作っています。
改めて言及しますが、本は実は「人」が作っているのです。無機質な機械が自動で作っている物ではないのです。
まさに、本は芸術品です。プロダクトデザインから見る本、というのが今回のテーマです。
プロダクトデザインから見る「本」
本は、様々なところで読み手にたいして敬意を払われています。
ページの中で言えば、読みやすいフォント、文字サイズ、行間、余白、見出し、図表や写真、紙面構成、などなど。本の作りで言えば、本の大きさ、インクの色、紙の質、紙の色、手触り、厚さ、捲りやすさ、丈夫さ、持ちやすさ、環境への配慮、ユニバーサルデザインへの配慮、などなど。その他にも、価格。こんなに意匠が凝られた芸術品なのに、とんでもなく安く売られていることもあります。
本の作り手は、どうしても筆者ばかりが注目されてしまっていますが、本当はそうではありません。出版社の編集やマネージメント、印刷所の校正やデザイン、製本所の職人さんたちの洗練された技、その他にも、物流もあるし、もちろん書店員さんが店頭に並べてくれる作業もある。全てが本作りに携わる人で、その人たちが読み手にたいして敬意を払ってくれています。
例えば、武市さんをはじめとした出版社さん(例えば新評論)は、筆者の思いを可能な限り汲み取り、それを読みやすいように編集や校正をしてくれます。それは、書き手への敬意であること以上に、読み手への敬意です。
例えば、印刷所(例えば今回見学させて頂いた理想社)のPC画面を睨みながら仕事をしていたみなさんは、読者が疲れにくい紙面構成の調整、紙質とインクの相性、情報媒体としての紙の耐久性、版の保存保管などもやっています。
例えば、製本所(例えば今回の中永製本所)の職人さんたちは、印刷された紙を折り、帳合して、糊付けして、裁断して、表紙カバーなどを付けて、本という形にしてくれています。作業の風景を見ると、あれは職人技です。素人が手を出すと、大怪我します。技を駆使して、読者が持ちやすい本、読みやすい本、かっこいい本にしてくれています。これも読み手への敬意です。
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中永製本所の田中さん。「読書家の時間」も「社会科ワークショップ」も中永製本所で製本されています。本当にありがとうございます。
「本」の価値は、価格で正しく表現されているか?
僕はその敬意に対して支払う価値が、価格であるべきだし、本の値段はもっと上がって良いように思っています。中古の本、僕も買いますが、クリエイターや職人さんたち本に携わる人のコミュニティを破壊するほどの価格設定ですよね。(といっても、自分の本が価格が上がってしまったら、読み手に届かない可能性があることが歯痒いですが。)
このような膨大な作業量、人の思い、本の美しさに対して、読み手側からの敬意を、この価格では反映しきれていないのではないでしょうか? 自戒の念を込めて、考えています。
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中永製本所のすごいパワーのカッター。切るときに、「チュイン」と小気味良い音が鳴って、切れたことにも気づかないほどの切れ味。
「本」にまつわる意匠
以前、三浦の大根を育てる農家や栃木の無農薬米を育てる農家を取材したときに、一本の大根、一株の米に、私たちが想像を超える作業を通して、思いを込めて農作物を育てていました。最近では、野菜に生産者の顔写真を掲載していることもあり、消費者側も生産者のことを考えながら、野菜を買う思考が生まれつつあります。
箱根の寄木細工も、納豆の工場もそうでした。本も実は、野菜や工芸品、芸術品と同じ、人の手を介して生まれている、仕事の集積として生まれているのです。
昔はそれが見えやすかったと思います。活版印刷の時代には「文選工」と言われる方々が一字一字のハンコを拾って組み合わせていました。もっと前は、本は読んで聞かせることが役割の中心で、印刷以上に「声に出して読む」ということが文字を具体化する上で重要な仕事の一つでした。それよりも前は、印刷技術などなく、一冊ずつ手で書き写していましたし、口頭での伝承が中心であった時代もあったでしょう。
本にまつわる意匠は、現在にあり、余計に見えにくくなっています。(大抵のものは、プロセスがブラックボックス化していると言えます。「クリックすれば、届く」「見れば、リコメンドが来る」など)本も生まれて以来、そこにあるものですが、洗練されたアートなのです。
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活版印刷の技巧に驚嘆。文字はもちろん、余白の作り方にも恐ろしさすら感じます。
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これは「下かっこ」 細かい・・・。
「書き手」→「読み手」にはできない、よさ
電子書籍が悪いものだとは思いませんが、書き手から読み手へのプロセスが簡略化すればするほど、思考は排他的、独善的になる可能性があります。僕自身の本も出版社からの提案や修正を多分に受けていますし、出版社は印刷や製本の仕事から影響を多分に受けています。多くの方が本作りのプロセスに関わることで、「ツッコミ」を入れてもらったり、「分かりにくい」と指摘をしてもらえたりします。「こんな資料欲しい」とリクエストをもらうこともあります。
出版社を介して本を作るとき、書き手だけの考えで書くということはありえません(しかし、必ずしも全ての出版社や印刷所、製本所がそうとも限らないようです。原稿もらって、「ツッコミ」もほどほどに、とんとん拍子で製本まで漕ぎ着けてしまうことも、残念ながら、最近では多く散見されるようです。)
また、携わる人の手が多ければ多いほど、プロセスを多くの人が共有でき、ムーブメントを起こす原動力も強くなるでしょう。もちろん、クリエイターが直接コンシューマーに届ける技術もどんどん発展してきていて、僕はこれにも注目をしていますが、ここでは、関わる人が多いことへのメリットを強調しておきたいと思います。
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理想社の田中さんと、新評論の武市さん。このお二人の本トークもおもしろい。
本の作り手は、筆者だけではない
本を読むときに、99%の人は、それを書いた筆者への敬意(もしくはその反対)はあると思うのですが、(それも不確かな感じになってきましたが)印刷所や製本所にもう少し敬意があっても良いかもしれません。出版社で買うという人は聞いたことがありますが、印刷所や製本所で買う人は聞いたことがないです。
奥付をスルーしないで、敬意を持って味わって読めそうです。どんな印刷所や製本所が関わって作ったのか、検索してみるのはいかがでしょうか?
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理想社のベランダから。「天気の子」みたいな風景。
ご協力いただいた方々
今回の本の作り見学ツアーは、新評論の武市一幸さんのプロデュースで、理想社の田中宏明さん、中永製本所の田中一紀さんをはじめ、各社の多くのスタッフの皆さんのお仕事を間近にみさせてもらえました。
私たちの書いた『改訂版 読書家の時間』『社会科ワークショップ』もこのような多くの方々の仕事の上に成り立っていることを、改めて知りました。筆者として本づくりに関われたことに、一層嬉しく思い、感謝の気持ちでいっぱいです。読者としても、引き続き、本作りの仕事を感じながら、大切に読ませてもらおうと思っています。
株式会社 新評論
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株式会社 理想社
株式会社 中永製本所
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